カテゴリー「ファミリー♪」の記事

2008年5月31日 (土)

一年

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メイントリップに出かけた先週の5月25日。

この日はうちの祖母の一年祭の法要が高知の実家で執り行われました。実際の命日は31日ですが、25日自体は祖父の12回目の命日でもあったので(夫婦で6日違いの命日を選ぶとは、、、ホント仲がいいですよね)、私にとっては、祖父母への思いを胸に秘めた、メモリアルトリップにもなりました。

おばあちゃんの形見のバッグ(私が昔OLD NAVYで買ってプレゼントしたもの)や、写真も一緒に連れてったからね〜。初めて見る大西洋やろう?「おお、しょうきれいちや〜!」っていう、二人の声が聞こえて来そうでした。

アケイディア(Acadiaは日本語ではアーカディア、アケーディアなどいろいろな表記があるようですが、正確な発音はアケイディアに近いです)から見た大西洋の海はどことなく高知の海にも似ている気がしましたね。それに比してコネチカの海は内海なので色が薄く、これがoceanとseaの違いかな、と思いました。

風も海もとても凪いでて、名物のサンダーホールもすっかりなりを潜めてましたけどね(満潮時、岩のすき間に波が寄せると激しいしぶきを起こし、ドーンという雷のような音がするところのようです)。Imgp1995


そんなわけで、今日のトップは、別アングルからのアケイディアの海。
それに、おじいちゃんもおばあちゃんも良く知ってる、あの歌を添えて、一年の祈りを捧げたいと思います。

「南国土佐を後にして」は、ペギー葉山が歌って全国的に有名な歌ですね。このバージョンはちょっと土佐弁が変なのと、はりまや橋がしょぼいのが痛いですが(はりまや橋は日本三大がっかり名所らしいですね?今はもっときれいに整備されてるので、なんとか三大がっかりの汚名返上したいところです 汗)・・・

あと、「おいらの船は300トン」という歌も探したのですが(これはかなりマニアックな歌。でも、祖父母と行った夏祭りとかで何度も聞いた記憶があって、懐かしいんですよね〜)、やはりマニアックすぎたみたいで見つからず。。。

でもこの桂浜の景色はやっぱり何度見てもいいですね。
同様に、アケイディアの海もまた訪れてみたいですー(今度はゆっくりハイキングでもしたいなあ)。
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Imgp1985 #一年祭も、7月に予定されてる初盆も、遠方のため参加できないと思います。。。転職したばかりでまだ大型連休をとるのは気が引けるし、ごめんなさい>家族の皆様。

来年にはゆっくりお墓参りできるといいなあ。おばあちゃん、離れていても気持ちはずーーーっと一緒だからね。

待っててね!

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2007年9月15日 (土)

高知から

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そんな高知のY実家から、もう2週間前ぐらい前になるかな?嬉しいお届け物がありました。
丁度通りがかったバンバンとの記念写真。

そしてこちらは通過後(?)
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中身はいろいろでしたあ。

幼馴染みのSくんちで獲れた新米とか、F氏大好き味付け海苔とか、讃岐うどんも今週作って食べましたよ〜。冷やしうどんにして去りゆく夏を惜しんだり♪
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健康系お茶パックは地元企業の新商品。そう、私の地元は製紙業が盛んなんです。姉の中学の卒業証書は自分で手作りした手漉き和紙だったはず!(生憎私自身は体験できず・・・)
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あと、写真にはないですが、5月に亡くなったおばあちゃんの形見の品も。。。私が希望して取りわけておいたものをまとめて送ってくれました。11年前のおじいちゃんのもね。

コーヒー、紅茶などは香典返しの品々。大事に、想いを込めて頂いてます。普段とはやっぱりちょっと違う味がするなぁ。

前にご紹介した、Tちゃんちのお嬢さん、Mちゃんのよさこい踊りのDVDも届きましたよ!

よさこい、やっぱりえいねえ!たまらんねえ!Mちゃんもかわいくメイクアップしてイッパシのお姉さん顔。暑い中(本当に!)頑張って踊り抜く姿に、なんだかすごく感動しちゃいましてね。

「ああMちゃん、こんなに立派になって、、、」
(まるで親戚のおばさんのような心境)

そして極めつけはMちゃんからのビデオメッセージ!

「Yさん、Mのよさこい、見てね!」だっけかな?

Mちゃんのちょっとはにかんだかわいらしさもさることながら(咄嗟に「ああ、こんなにかわいくはにかめる子はアメリカにはいないんだろな」なんてことも思ってみつつ 笑)、わざわざ私に送るためにこのメッセージを録画・編集してくれたTちゃん、Tちゃんの旦那さん(略してTDさん)の粋な計らい。これにもう、めちゃめちゃ感動。

真面目に涙腺緩んだ瞬間でした。

先だった命を想い、
健やかに育つ命を想い、
温かな思いやりに涙する


ぎゅぎゅっと心に温かい、夏の終わりの贈りものでした。


★マンハッタンお友達シリーズ第二弾!

は急遽第三弾!と吸収合併されまして(笑)、今日は総勢7名のジョイントパーティーに出かけて来ます。第二弾のお友達=ここにもよく来てくれるSもちさんことSAKURA-MOCHIさんは夏休みを利用してアメリカに一時里帰り(?)。昨日コネチカ入りしてくれましたぁ。我が家にお泊まり頂き、夜は楽しく海鮮BBQ。少し早起きして、これから3人一緒にマンハッタンに向かいまーす。

バンバンも、Sもちさんのことは覚えてたみたいで?なんだかとっても良い子でした!(笑)Sもちさん、バンバン's フェイバリットゲストさん(略してBFG)、認定ですよぉー!

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2007年9月14日 (金)

短い命

P506ic0001179902新しいお友達紹介、のつもりが、悲しいお知らせになってしまいました。

Y実家の新メンバー、ビーくん(オス、生後3ヶ月?)

姉からのメールを転載し、追悼号とさせて頂きたいと思います。








●9月1日 タイトル「新入り」

なんと我が家にまた迷い猫がやって来て住み着いてしまいました。生後3ヶ月くらいの白地のから猫の雄です。スミレちゃんに少々怒られながらも居座っています。すごい人なつっこいきもう我が家の一員。名前は、Qちゃんと前に沖の畑におったナナオ、ここから数字の8を導き出し、8=ハチ=蜂=bee、男の子やきboyのB、この二つから無理矢理こじつけてビーくんです。また写真送るきね〜。



●9月9日 タイトル「初めまして」

ちょっとピンボケやけどビーくんです。よろしくね
(ここにトップの写真が添付されてました)



●9月10日 タイトル「短い命」

今日ビーくんが車に跳ねられて死にました。ほんの30分位前の出来事です。うちの前の道の川側に座っちょったがやけど奥から出て来た車に…お母さんが作業場におって「危ない!」って思うた時にはもう遅くて、私は上におったけどお母さんの悲鳴が聞こえて飛び出て、血に染まって苦しむビーくんが目に飛込んで来ました。出会ってたった2週間。すっかり我が家の一員になっちょったのに…。寂しい限りです。Yにも報告したばっかりやったにね。本当に今年は寂しい年やね。




心臓が凍り付いたメールでした。

そして本当に、今年のY実家は寂しい年です。

バンバンのように13年も長生きできて、まだまだこれからも!という子もいれば、たった3ヶ月の命もある。神様に与えられた命と言うけれど、人間の作った文明の利器によって奪われたそれは、本当に神様がそれを意図したとは思いにくい。運命を、こんなに恨めしく思う瞬間はないです。

それでもビーくんは、私達の心に生き続けるよ。
たった3ヶ月、うちに来てからはたった2週間の命だったけど、とても輝いて生きていた、その光はずっとずっと私達の中に輝き続けるよ。

ビーくん。
天国にはうちのおじいちゃんおばあちゃんがおってくれるき、ちゃんと見つけるがで。「しょうえいから猫じゃあ」と二人がビーくんをそっと抱き上げ、小さい頭を優しく撫でる。そしてニコニコ笑顔の二人。ビー君も目を細めて嬉しそう。。。

本当に、そんな様子が目に浮かぶようです。。。。。。。。

どうかどうか安らかに。。。。。。。。

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2007年8月14日 (火)

バンテリン

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相変わらず初夏、いや、初秋のような心地良いお天気が続いているコネチカです。思えばこっちってセミがいないんですね〜。リンリンと鈴虫ふうのが鳴いてるだけで、如何にも「秋」といった風情です。

そんな折、福井のお義母さんからまたまたたくさんの救援物資を頂戴しましたぁ〜!
発端は、私が「バンテリン」をリクエストしたこと。

というのもですね、職場のビジネスオフィスに、Cさんというとても明るくて気の良いおばさんがいるのですが、彼女にある日こう声をかけられたんです。


「Y、あなたチャイニーズよね?」

あはははー!
違います。ジャパニーズです。

「あら、そうだったの?でもまあいいわ。acupuncture(鍼)って知ってる?」

はい、知ってますよ〜。
やったこともあります。
子供の頃アキレス腱の炎症を治すのに。
湿布とかの西洋医学では治らず、最終的には鍼とお灸で治ったんですよね。

「実は私、手と足の関節炎がひどくて。ほら、こんなに腫れてるの。」

Today, my hand is bothering me very much - I feel lots of very hot, strong shooting pain through and around this joint and i have taken an Aleve tablet.  The orthopedic doctors here told me that I should take 8 Aleve tablets a day for this pain - I did this for two weeks several months ago, and do you know that my teeth started to turn yellowish in color!!!!  I totally stopped taking it....

うぅぅぅ、とにかく痛みが治まらないんじゃ話になりませんね。
私もこっちで鍼はやったことないですけど、自分の経験では効果があったし、おすすめです。後でネットで地元のドクターを調べてみましょう。あと、Aleveと同じ効果がある薬剤でインドメタシンてのがあるんですが、その塗り薬もおすすめですよ〜。そこら辺のドラッグストアで売ってるんじゃないでしょうか?

などと言ってみたものの、後で調べたらこっちってバンテリンみたいなの売ってないんですね〜。インドメタシンは内服のみ。意外でした。

てことで、実家のお義母さんにリクエスト。丁度私も仕事でパソコンを使うことが多く、右手が腱鞘炎気味で困ってたので、Cさんの分とうち用とで2本、お願いしました。いつもいつも頼ってばかりでスミマセン・・・m(_ _)m

幸いCさんもお宅からすぐの所にacupuncuturistを見つけられたそう。

On the website, I located a person who practices in Bxxxx, which is a closer town to Mxxxx, where I live, and he not only has a diploma in acupuncture, but also in C.H. and he is an M.D. too....I think all these signify that he is qualified.

実際受診するまで1週間以上あったので、その間「せめてこれでも使ってみて下さい」と、私の愛用タイガーバームを貸して差し上げました。そしたらCさん、すっごく気に入ったみたいで、後日個人用にもゲットされたそうです。タイガーバームは普通にその辺で売ってるんですね〜。知らなかった!

Hello Y !

You have been so helpful!!  I see from this website that Tiger Balm can be purchased @ Wxxxx.  If you are not able to obtain the indomethacin cream from Japan, then i will look for Tiger Balm and buy it or I'll order it online.  I'll wait till I come back from vacation to hear back from you.  Please do not go through lots of trouble for me, okay??  I appreciate all of your very kind help already!!  You are truly a good friend, Y.

I'm going to not use any computer next week, so maybe my hand will get some rest.  I've made the appointment with the acupuncturist in Bxxxx for when i return from vacation - he has excellent credentials, and you showed me how to find a really good practitioner.....

With best regards and thanks,
C

なるほど、感謝のお手紙はこう書けばいいんだー!と参考にしたくなるような、もったいないお言葉の数々。Cさん、こっそりblogにアップしちゃってごめんなさいね。日本語だから許して〜!

Cさんからは「手数料も全部耳を揃えて払うから教えてね!」と言われてたのですが、お義母さんが「いいよいいよ」と仰ってくれて。結局Cさんからこんな素敵なプレゼントをもらう形でお礼を頂戴しました。お肉(はうちでは使いませんが)やお魚を焼いたりした上にかけて頂くと美味しいソース、だそうです。フルーツ味のソースをお肉とかに合わせるのって、如何にもアメリカン?ですね。Pict4566



最後に救援物資の全容をご紹介しまーす!
夏限定のお菓子にせめてもの夏気分を味わいつつ。。。
あと、フローリングの掃除にクイックルワイパー、これ最強です!(ふわふわと床を舞う綿ぼこり状のバン毛っけ。クイックルだとお掃除が驚異的に楽チンなのです!)

お義母さん、いつもいつもありがとうございます!!!
「ナイトスクープアカデミー賞」も堪能しましたぁぁぁ!!!
(今回の目玉はやはり「えーあいあい」でしたね)

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2007年7月15日 (日)

里帰りの思い出1(郷愁編)

高知のおばあちゃんの五十日祭(神式なので)まであと数日に迫って来ました。
帰国はできませんが、気持ちだけでもと思い、この1週間完全菜食で精進しています。F氏も付き合ってくれてますよ〜。バンバンは、、、肉食獣なので免除です(^^)。

これから何号かは、里帰り時の思い出について綴ってみようと思います。
写真もいっぱいね。
おばあちゃんも一緒に見てね。

まずは郷愁編

おばあちゃんに見せたい田舎の景色、久々に会った人達、食べたもの達を振り返ります。。。

こちらは実家の裏山からの景色。
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ここにお墓がありまして、今はおじいちゃんだけ眠ってるのですが、おばあちゃんももうすぐ一緒になります。ここからの景色は家族みんな大好きで、生前おじいちゃんが分家のうち用にお墓を別に作りたい、作るならここがいい、と選んだ場所。集落の奥の方にはIkukoさんんちやMさんちやTちゃんちも見えるかなあ?文字通り、私の子供の頃の思い出がいっぱい詰まった景色がこれなんです。

これも実家では有名な笑い話なんですけどね。子供の頃、姉と二人でよくこの裏山にお弁当持って遊びに行ってたんです。「遊山(ゆうさん)に行く」と表現してました。夏休みのある日、例によって姉と遊山してると、草むらになんと緑色の蛇がいるではあーりませんか!!!緑色なのでハブとか危ない蛇ではないと思うのですが、子供にとってみれば(いや、今でもか)そりゃあもう毒蛇同然!

「ぎゃぁぁぁぁ〜〜〜!!!」と絶叫しながら祖父母のところに助けを求めたのです!その時たまたまおばあちゃんしかいなかったのか、元々おばあちゃんがそういうの得意だったのか?(実際得意です♪)すぐさま長い竹の棒を持って山に行き、私達がこわごわ見守る前で大蛇をさっと棒でひっかけ、ひゅ〜〜〜ん!と崖下の方にうっちゃったのですーーー!!!

おおおーーー、さすがおばあちゃん!
すーごーいーーー!!!

九死に一生を得た我々姉妹はホッと安堵に胸なで下ろしたのでしたぁ〜。めでたしめでたし!

ところが、後日学校が始まって提出した「夏のこども」の絵日記。

私はそこに、おばあちゃんが棒で蛇をひゅ〜〜〜〜ん!する絵を描きながら、文のとこにはなんと

「おばあちゃんが無事蛇を殺しました」

と来たもんだ。

ええーーー!!!???おばあちゃんは蛇殺してないでーーーー!!!

後から家族に爆笑?失笑?されたことは言うまでもありません。

子供Yよ、事実誤認はいかんぞね。


こちらも裏山地方から。
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ここは文旦畑ですね。多分うちのじゃなくて誰かんちの(笑)。
木々の緑が眩しい!これも田舎ならではの、おばあちゃんもきっと愛してやまない景色。。。

P506ic0000196888_2 母方のおじいちゃんも去年の8月に亡くなったので、お墓参りに行ってきました。母・姉と、二人のお気に入りの喫茶店でケーキを食べながら、4人のおじいちゃんおばあちゃんの思い出話に花を咲かせました。こうして言葉をたくさん交わすこと、思い出をたくさん語ること。。。エピソードが多ければ多いほど、悲しみも徐々に癒され、楽になって行く気がしましたね。

P506ic0000655643 2つ目のケーキは、子供の頃家族でよく行ったレストラン(ゲンダイさん)のチョコバナナケーキです。よく行った、と言っても滅多に外食なんてしませんでしたからね。だから、このチョコバナナケーキを食べると、家族のお祝いや、特別な思い出が即リンクして思い出されます。含まれる成分以上の深い味わいが、このチョコバナナケーキにはあるんですね。


お次の写真は小学校の同級生、Tちゃんご家族と1日ドライブした帰り。南国市にある四国八十八カ所第三十二番札所、禅師峰寺(ぜんしぶじ)(別名:峰寺(みねんじ))から見た眺めです。
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正面に見えるのが桂浜ですね。雄大な土佐湾の群青色とビニールハウスの反射。あーーー高知やなあ、という景色です。おじいちゃんおばあちゃんもお遍路さん行ってたから、いつか一緒に眺めた景色でしょうね。お遍路さん、私もいつか必ず挑戦したいです!

Tちゃんご家族とは安芸市まで足を伸ばし、おいしいうどんとアイスを堪能しました。

こちらがうどんの国虎屋さん
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行列必至とのことでしたが、早く出かけたので何とか大丈夫でしたね。私は釜揚げうどん、Tちゃんは鴨南蛮、旦那さんはざる、ちびっ子達はたぬきをチョイス。うどんは適度なコシがあり(この「適度な」がなかなかないんですよね)、薄味スープに薬味が効いて、もう絶妙!のおいしさでした。

アイスはこちら。
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青々とした田んぼの中に突如として出現するしゃーべっと茶屋さんです。
焼きなす、ピーマン、にんじん、トマト、やまもも、ゆずなど、高知を代表する農産物がそのままアイス・シャーベットになってます!私はやまももを頂きました〜。丁度やまももはシーズン直前でしたからね。本物には間に合いませんでしたが、シャーベットで甘ずっぱい初夏の味を満喫しましたよ。

こちらはなんと私の出身小学校!
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私が現役の頃は、俗に「ニワトリ小屋」と呼ばれた木造平屋建てのおんぼろ学校でしたが(もちろん、地元民は愛情込めてそう呼んでました)、去年の春に改築されたそうです。新しい校舎は2階建てになったものの(もうニワトリ小屋とは呼ばせんで! 笑)木造建築は維持したようで、それも全て高知産の木材を集めて作ったそうです。いいなあーーー今の子供達!

でも、一つ気になったのが・・・今までは校庭が手前・校舎が奥にあったのを、校庭を奥にし、校舎と、子供達が寝っ転がって遊べる芝生の庭(これが見事でした!)を手前にデザインしたらしいんですよね。でも、昔の校庭には我が校のシンボル、栴檀(せんだん)の木がたくさん植わっていたはず。校歌にも出て来るあの栴檀の木は校舎移設にあたって切られたりしなかっただろうか、、、それだけがオバサンはとっても気がかりでしたよ。

また食べ物になりますが、こちらはいとこ達と出かけた居酒屋(魚頭大熊さん)での様子。
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おばあちゃんの5人のひ孫の一人、Hちゃんも参加してました!ふぐの箸置きを隠すゲームを始めたらおおはしゃぎで(笑)、あんなに騒いだら、次の日寝坊して学校遅刻せんかったかえ〜?って心配するくらい、元気一杯でしたね。なかなか会えないYおばちゃんの名前も最後の方にはやっと覚えてくれてたみたい(できればお姉さんと呼ばせたかったが無理でした 笑)。たこしゃぶやカツオのたたき(薬味+塩+ゆず絞りで頂く一風変わった食べ方でした)、海鮮たっぷりの巻きずしもおいしかったなあ!あとそうそう、黒1点で参加したS兄さん、結局最後は全員でご馳走になってしまって。ありがとうございました!

Pict4167 いとこのMちゃん(先のHちゃんのお母さん)は、なかなか私に会えないから、と、もう一度機を改めて会いに来てくれました。私のたっての希望?で、Mちゃんと姉によるお料理教室を開催!お題のコロッケはY仕様のシーフードバージョンです。いきなり油でやけどをするという、まるで狙ったんじゃないかというようなベタなハプニングを起こしてしまった私でしたが(苦笑)、コロッケの出来上がりはまずまず!おじいちゃんおばあちゃんにもお供えして。喜んでもらえたかな?F氏にもそのうちご馳走するからね〜。期待半分に待っててちょ♪


受験の時東京でお世話になったおばさん(父のいとこにあたる方)や、中高の同級生、あとIkukoさんのいとこのMさんにもお会いしました。Mさんとこのネコちゃん(ハッピーちゃん)はまた次号でご紹介しますね。

まだまだ会いたかったけど会えなかった方達、次の里帰りの際には何とか!と思っています。

長くなりましたが、最後は母自慢の白アジサイ。白アジサイはFY結婚式のお花でもありましたね。バンバンはきっと「花よりかつ節」だろうけどね〜。(当然姫にもたくさんお土産買うちゃったきにー! ^^)
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2007年6月21日 (木)

2周年!

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6月18日、FY2回目の結婚記念日を迎えましたよ〜。

当日はコネチカと日本で離ればなれだったこと、プラス、今度はF氏が今日からビザ更新でバンクーバー滞在なので(先ほど無事到着の連絡ありました!)、後日改めて後夜祭をする予定です。恒例の?FYB10大ニュースも決めなくちゃねー!

トップはF氏のお父さんお母さんから頂戴した、お祝いカード。仲良く寄り添う2匹のニャンコがモチーフ。とってもかわいいですね!ありがとうございましたっ!m(_ _)m

F氏はM姉さんのところに6日間滞在します。
時差はこっちと3時間。コネチカも涼しいですがバンクーバーはもっと涼しいみたいですよ。
ビザ更新、頑張って来てね!

バンバンも応援しているニャ〜(今朝のお見送りバンバン)。

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2007年6月19日 (火)

おばあちゃんお見送りして来ました

Shrine

17日間の日本滞在を終え、アメリカに戻って来ました。
と言ってもまだ乗り継ぎのニューアーク空港。ここから1時間かけてコネチカ・ハートフォード空港まで帰ります。F氏が車で迎えに来てくれますよ。気をつけて来てね〜。

おばあちゃんは、3日にお通夜、4日にお葬式。私は3日の夜に高知入りしたのでお通夜には間に合いませんでしたが、最後の夜、姉と一緒におばあちゃんの隣で眠ることができました。ほとんど一睡もしませんでしたけどね。姉とも、静かに眠るおばあちゃんとも、たくさんのことを語り合いました。

途中、乗り継ぎの羽田空港で時間があったので、ラウンジでパソコンを開き、おばあちゃんの過去の写真、と言っても私がデジカメを始めた2000年からのものしかありませんでしたが、それらを集め、おばあちゃんへのありがとうアルバムを作製。元気だった頃に撮ったムービーも交えて、豪華スライドショーに仕上げましたよ。作りながら何度泣いたことか。。。CDに焼いて今もおばあちゃんの祭壇にお供えしてあります。

最後のスライドに寄せた文章。

おばあちゃん

おしめ替えから遠足のお弁当まで
本当にお世話になりました。

宇佐の海水浴場も伊野の花火も一緒に行ったね。
おじいちゃんとおばあちゃんの間で寝て、二人の
耳たぶを触るがが好きでした。

東京にも遊びに来てくれたし、私が帰省する度に
上のお宮に行って、私の無事を祈ってくれたね。
出発の日にいつも赤飯を炊いて持たせてくれたことも
ずっと忘れません。

庭からこけてケガしたり、バイクの交通事故では
本当に心配したで。

でも、何度も危機を乗り越えて、私らあにたくさんの
喜びと勇気を与えてくれました。

88年間、本当にお疲れ様。そしてありがとう。

天国ではまたおじいちゃんとゲートボールの
最強コンビを組んで頑張ってね。

私らあもいつか会いに行くき、どうかそれまでの間、
今度は天国から、皆の無事を祈っていてね。

おばあちゃんの孫に生まれたことを心から誇りに思う、
Yより


この文章の隣に、今日のトップの写真を貼りました。
いつも一緒にお参りに行ってた神社(”上のお宮”とはこのことです)。

スーツケースにも、おばあちゃんの形見の品々をいっぱい詰めて来ましたよ。「離れて暮らしてる者はいくらでも持って行っていいよ」と姉に言われてね。

アメリカ土産にプレゼントしたカバンや帽子。
手書きの名前が入った文房具やうちわ。
一緒にお参りに行く時いつも持ってた水玉模様のお賽銭入れ。。。

ゲートボールをしている老夫婦がモデルの小さい置物は、私が子供の頃足摺岬に行った時のお土産ですね。金婚式おめでとうの電報と一緒に、おじいちゃんおばあちゃん、ずっと枕元に飾ってくれてました。その電報ももらって来たよ。F氏と私も金婚式目指して頑張らないとね。

また、今回の一時帰国では、たくさんの家族・大好きな人達にお会いすることができました。

皆様のお気持ち、皆様の笑顔。

喜び、悩み、新しい命の誕生、成長、そして老いていく営み。。。

命はこうしてつながって行くんだなって。大好きな皆様との一瞬一瞬が私に力を与えてくれました。
まさにおばあちゃんがくれた最高のプレゼント。

F氏とバンバンも待っててくれますからね〜。
元気な二人の元に、たくさんの笑顔で帰りたいと思っています。

個別の御礼もぼちぼちと。
滞在中に撮ったニャンコ写真なんかも、また追々ここでご紹介しますね。

大のネコ好きだったおばあちゃんのためにも、ネコ部通信、ますますパワーアップして行きますよお〜(ちゃんと仕事もしろって!?)。

それでは皆様、これからもどうかよろしくお願い致します!

皆様と出会えたことを心から誇りに思う、Yより

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2007年6月 2日 (土)

お知らせ

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5月31日、Y実家の祖母が永遠の眠りにつきました。
これから日本に一時帰国し、お通夜とお葬式に参列します。
F氏とバンバンはお留守番。
今朝7時にハートフォードを出、今乗り継ぎの空港でこれを書いてます。

トップの写真は、3月に、入院中の祖母に贈ったお花。
急に弱って来たとのことで急いで帰国の手続きを取ったのですが、最後間に合わず、本当に残念です。

大戦中、台湾に一人疎開中に父を生み、高知に引き揚げて来た後祖父と一から牧場を始めた祖母。

叔母二人と孫7人、今では5人のひ孫にも恵まれ、祖母の88年はきっととても素晴らしい人生だったに違いないと思います。

姉と私のことも、おしめ換えから遠足のお弁当まで、本当によく世話してくれました。おばあちゃんの作るお新香巻きが、今でも私の(姉もそうに違いない)最高のご馳走です。

厳しく叱ってくれたのも祖母でしたし、私が帰省する度に神社に行って、東京なりアメリカなりでの無事を祈願してくれたのも祖母でしたね。

トレードマークは満面の笑顔。うちの外交官と呼ばれるくらい人づきあいが好きで、畑に旅行に買い物にどんどん外に出ていく人でした。だからこの1年半、ずっとベッド暮らしだったのはさぞかしつまらなかったんじゃないかと思います。

でもこれからは、自由の体を得、11年前に先だった祖父とも再会し、好きだったバイクにも乗り、たくさんの猫たちにも会い、ずっと笑顔で私達のことを見守ってくれるに違いない、そう信じています。

おばあちゃん、今から会いに行くきね。
最後のおばあちゃん孝行、いっぱいいっぱいさせてね。

無限のありがとうを込めて。。。

PS;当初は7月上旬の帰国を予定してました。会えないかな?と連絡させて頂いた皆様、こういう次第で日程が大幅に変更になりました。また個別に連絡させて頂きますね。おばあちゃんの導きのお陰ですから、できるだけたくさんの方にもお会いして行きたいと思っています。日本滞在は19日までの予定です。

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2007年5月 9日 (水)

ハナちゃんまで・・・

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Y実家のニャンsのうち、最高齢のハナちゃんまでもが虹の橋に旅立ってしまいました。

先日ミーコとリリーの追悼号をアップした際、義兄のS兄さんから「ハナちゃんが帰って来なくて心配してます」とコメント頂いたのですが、悪い予感が的中。治療の甲斐なく、5月7日、11歳の短い生涯を閉じました。

以下、姉から教えてもらったハナちゃん最期の様子です。

あまりにも突然ですが今日5/7の夕方ハナちゃんが死にました。5/2の晩から帰って来んかって、5/6にお母さんとハナちゃんが行きそうな所を探して、やっと夜7時頃見付けて連れて帰って来たがやけど、鼻水、目やにがすごかって次の日朝一で病院に連れて行って来ました。脱水もひどくて体温が35度台で低いし、風邪だけにしては具合いが悪すぎるって事で、妊娠中でもある事から超音波でお腹も見てもろうたけど特に異常もなかったし…とりあえず点滴をして様子をみてまた明日点滴しに行く事になってました。

家に帰って来てからおばあちゃんの部屋に監禁して毛布にあんかをセットして時々様子を見に行ってました。その日の夕方大好きなSくん(S兄さんのこと)にみとられながら息をひきとりました。11歳のハナちゃん、まだまだ長生きして欲しかった。Sくんととの名コンビはもう見られません。この11年間本当に楽しかった。ありがとうハナちゃん。


Hanassan 2ヶ月ぐらい前にもひどい風邪をひいたと聞いて心配してたのですが、その時は治療が奏功、元気なハナちゃんに戻ったと聞いて安心してたんです。つい2週間前には「名コンビ」というタイトルでハナちゃんとSさんのツーショット写真を送ってもらったばかり(左がその写真です)。まさかこんな急に旅立ってしまうとは、、、ハナちゃん、何でそんなに急いだが?リリーちゃんを一人で行かせるがが心配やったが?

ハナちゃんと言えば、丁度11年前、大好きだった祖父が亡くなる少し前に生まれたんですよね。初めての身内の死でとてもショックだったし、今思い出しても、あの日々はずどんと重く心にのしかかって来ます。でも、その祖父のお葬式の際、まだ小さい仔猫だったハナちゃんがみんなに愛嬌を振りまいてくれて、その姿にどんなに救われたか、、、小さいハナちゃんが祖父の命を継いでくれた、そんな救われるような気持ちで彼女のかわいい仕草を見つめていました。

また、姉にもたくさん思い出を綴ってもらったので、ハナちゃんへの想いを込めて、掲載しますね。

平成8年3月生まれ、平成19年5月7日夕方5時前眠るように息をひきとりました。

子供の頃からずっと猫を飼うて来たけど、今までに無い変わった猫やったね。人に付いて回っておばあちゃんの畑仕事とか、牛舎で仕事しゆう私とか、Sくんが洗車したり庭木の剪定するがを近くに座って見たりとか、人の仕事を見るががとにかく好きやったき、うちでは現場監督って呼びよったで。若い時はハンティングも好きやったき、一晩に三匹もねずみを獲ってそれを二階まで持って帰って来て自慢気に見せてくれたりしたね。

二階と言えば、私らぁが子供の時は二階へ猫を連れて行ったらいかんかったやんか。よう考えてみたら最初に二階へ来始めたがはハナちゃんながよね。屋根裏と二階の押し入れがつながっちょって猫が通れるスペースがあるがをハナちゃんが見付けて、いや、それまでの猫も見付けちょったかもしれんけど、押し入れを開ける技がなかったきよう入らんかっただけかもしれんね〜。まぁとにかく怖い物が無いき何でもやってみようとする心臓に毛が生えた性格やきこそできたがやろうね。それからというもの猫の憩いの場として栄えた二階の部屋も今は衰退しスミレちゃんだけが時々やって来るだけになったで。夜も昼も誰かが寝よって楽しい部屋やったね。ハナちゃんと暮らすようになってからいつでも猫と一緒っていう生活になって猫と夜一緒の布団で寝るのが当たり前になったけど、それまでは猫が入ってかまん部屋って決まっちょったきできんかったやんか。やき益々猫が好きになった気がする。

ハナちゃんを語る上で忘れたらいかんがはSくんとの名コンビ。仕事から帰って来た時のお出迎え、一緒にお昼寝、夕飯の時おかずが魚やったら膝の上に乗っておねだり、箸の先の行く方向を真剣に見て、魚が運ばれて来たら素早く猫パンチでキャッチ。本当に面白かった。相思相愛で私が入る隙間も無い位やったね。

それと心臓に毛が生えたハナちゃん、牛も全然怖くないき牛舎の中も平気で行き回って、牛舎の通路を通って来よっても遠回りやと思うたら牛と牛の間をダッシュして、足元を通られた牛の方が「今何か通った!?」ってびっくりしちょったきね。何もかもハナちゃんが初めてしたって事ばっかりで、蟹の殻をバリバリ食べる猫を見たがも初めてやったでね。空いた猫缶をゴミ箱からくわえて来たがもハナちゃんだけ。それ以来空き缶のゴミ箱は蓋付きになったがよね〜。

11年間の思い出はまだまだ全然語り尽せて無いけど、ひとまず終了します。本当に楽しかった!ありがとうハナちゃん。


もう、涙なしには読めませんでした。

言われてみたら、姉は元々イヌ派だったんですよね。実際我が家ではワンコも代々飼っていたので(祖父の担当でしたので、祖父の逝去とともに新しい子を飼うのはやめてしまいましたが)、やれスヌーピーだ、ラッシーだ、やれパトラッシュだ、と、大きなぬいぐるみも買ってもらったりして、それはそれはきれいにブラッシングなんかもしてましたね。

そんな姉を大のネコ好きに変身させたのがハナちゃんだった。

そしてもちろん、S兄さんにとってもハナちゃんは特別な存在。相思相愛の名コンビ。

数々の逸話を作り、数々の(これまたユニークな)子孫を残してくれたハナちゃん。

あなたのことは、ずっとず〜っと、永遠に、語り継がれるよ。
ずっとず〜っと、永遠に、私達と共に生き続けるよ。

今まで本当にありがとう。

そしてこれからは天国から、私達のこと見守っていてね。
特にS兄さんのこと、よろしく頼んだで、ハナちゃん!

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2007年5月 5日 (土)

In memories of ミーコ&リリー

先日、Yの実家の7歳になるネコ、リリーちゃんが、交通事故で急死したという知らせを受けました。1年前には6歳のミーコも交通事故で亡くなってます。その時はまだネコ部通信をやってなかったので、急遽今回は、ミーコとリリー、2匹の追悼号とさせて頂きますね。

Yの実家は、たまにここでもご紹介している通り十数匹の超多頭飼いなのですが(正確な数は把握できず?)、全員out door catで、その分いろんな事故が絶えません。信号もない(多分「ド」をつけてもいいくらい)田舎なのに。。。(泣) 数年前のバイパス工事(すんごい小規模だけど)で、交通量がぐんと減ってからは事故も起きてなかったんですけどね。この1年ちょっとで2件。由々しき事態です。

うちの実家は未だかつて鍵をまともに閉めたことがないくらい、常時あけっぱです。だからネコ達も出入り自由。今日は裏山、明日は畑、とまさに野山を駆けめぐって、ネズミや鳥、たまにモグラやヘビまで(さすがにヘビはやめてくれ〜 笑)、狩りを楽しんだりして、それはそれでネコらしい生き方をしてると思うんです。

ただ、時代とともに交通量が増え、比例して事故に遭うコの数も増えて来ました。人間の都合で発明した自動車は、人間以外の生き物にはただの凶器でしかない。悲しいですが、これが現実ですよね(脱線しますが、私が日本時代断固として自動車免許をとらなかった理由の一つは、”自動車の存在そのものに対するアンチテーゼ”でもあったんですよね)。

とにかく、今更全員をin doorにするのは難しいと思うけど、行き交う車に「ネコを見たら止まって」とお願いするのももっと難しい。うーん、何かいい解決策はないですかねえ。

追悼号を準備するに当たって、ネコsの世話を一手に引き受けてる我が姉に、ミーコとリリー、2匹の思い出を綴ってもらいました。土佐弁丸出しですが、この方が味わい深いし、とにかく名文なので、ほぼ原文のまま掲載しますね。


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まずはみーこから、平成11年4月生まれで平成18年2月に交通事故で死んでしまいました。もうすぐ7歳って時やき、リリーちゃんと一緒やね。

みーこは人が食べる物は何でも好きで、魚は勿論、あんぱん、シュークリーム、エビフライが大好物。おかずがエビフライの時はエビフライのしっぽを集めてみーこ用に置いちょったりしたし、外食した時もお土産にって持って帰って来たしね。あと魚焼きグリルで魚を焼いたら必ず帰って来たがやき。どこから盗んで来たか分からんけど、ちくわをくわえて帰って来た事もあったで。

それからご飯のおねだりの時私の足にスリスリしてすぐにご飯をやらんと足をガブッと甘噛み。私にだけ噛みついてきて、私によく怒られよったけど、そんな事にめげるみーこじゃないがよね〜。そうそうごみ捨てにもよう付いて来たね〜。猫タワーに上がって外を見るがも好きやったね。

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次にリリーの思い出

平成12年6月生まれ、平成19年4月交通事故で、もうすぐ7歳でした。生まれた時ジュリちゃんがもう子育てをする力が無くて、ガリガリの仔猫をくわえて帰って来たがをおばあちゃんが見付けてそれから女3人**で牛乳で育てて大きくなったリリーちゃん。もうその時に一生分の牛乳を飲んだきいらんって、大人になってからは一滴も飲まんかったね。缶詰大好きで、おねだりする時はくねくね、スリスリ。ほとんど鳴かん猫で、抱っこしたら「いやニャン」ってなきよったね。カリカリを食べたらよう吐いて、あちこちから干からびたカリカリが出て来たりしたで。

得意技は引き戸開けと布団潜り。座敷のふすまとか入り口の引き戸、おばあちゃんの部屋の入り口、二階の押し入れ、何でも開けて寝よったで。それに寒い日は布団に潜って寝るき、気付かんずつ踏まれる事もようあったね。それからリリーちゃんと言えば、不死身のリリーちゃん。生まれた時もそうやけど1歳半〜2歳頃、上の畑でお父さんが仕掛けた狸の罠にかかって大変な事に。ワイヤーを輪にして、そこを通ったらワイヤーが締まるという仕掛け。丁度首の所が締まって…でも運よくおばあちゃんが近くにおって助けられ大事には至りませんでした。

そのショックで首輪を付けるがをすごい嫌がったね。それから去年やったっけ?ハメに首の所を噛まれてすごい状態で帰って来て…でも犬猫はハメの毒は 大丈夫だそうで、獣医さんにも特に治療はいらんって言われたし、食欲も全然落ちんかって、噛まれた所の毛が抜けただけで傷もわりと早う直ったね。
それから知らん人が苦手やき、誰か来たら廊下をダッシュして逃げて行きよったけど、テレビまで反応して、テレビの中で「おはようございます」って声掛けてレポーターの人があるお宅を訪問する場面でダッシュで逃げて行きよったで。

(Y注)
ジュリちゃん:リリーのママ。頭突きネコとして一度ご紹介したことがあります。この時14歳?で相当弱っていたので、産んだ仔猫もリリー1匹のみ。若い頃はしっかりしたお母さんだったのですが、当時はもう、子育ても体力的に無理だったようです。

**女3人:祖母、母、姉のこと。私のネコ好きは祖母の代からの筋金入りなんです。

ハメ:ハブ(蛇)のことです。



姉はこれを、携帯メールで5通に分けて送ってくれました。

本当にありがとう。

そして、ミーコとリリー、虹の橋でどうぞ私らあを待ちよってね。

今度高知に帰ったら、エビフライと缶詰持って、お参りに行くきね。

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